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広島高等裁判所岡山支部 昭和37年(ネ)133号 判決

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し六〇一、三四五円および右金員のうち別紙第一目録認容金額欄各記載の金員に対する各日時欄記載の日から各支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その一を控訴人の、その四を被控訴人の負担とする。

事実

第一  控訴代理人は、原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し八一二、六一一円およびこの金員のうち別紙第一目録請求金額欄記載の金員に対する各日時欄記載の日から各支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

第二  控訴代理人は、請求原因および被控訴人の主張に対する答弁として次のとおり述べた。

一  岡山市長は、特別都市計画法に基き岡山都市計画岡山地区復興土地区画整理事業の施行者として、昭和二六年六月五日控訴人に対し、その所有である岡山市上石井七四番地の七宅地三二坪五合につき、三〇坪九合二勺を換地予定地に指定し、かつ右土地の一部につき使用上支障があるので、その一部は支障物件移転後使用せられたいと説示した。

二  従前の土地は更地であつたが、換地予定地上には他人の建物がある。換地予定地の所有者は、地上の一部にあつた自己所有建物を移転してその敷地を明けたが、その余の部分を借地して建物を建築して居住している者があり、この者の占拠部分が換地予定地の半分に当る一五坪にも及ぶので、控訴人は結局換地予定地の全部を使用収益することができない。

三  控訴人は、従前の土地の使用を禁ぜられたのに、これに代るべき換地予定地も建物移転未了で使用収益することができないため、換地予定地の使用収益による得べかりし利益を失い、これと同額の損害を蒙つた。換地予定地の時価は固定資産税評価額の五倍に相当し、この時価の五分に当る金額が右土地の年間における使用収益による得べかりし利益である。ただし、後にふれるように、被控訴人から受領した金員を控除したものを請求する。換地予定地指定後、各年度における固定資産税評価額、時価、得べかりし利益、受領金額、請求額は、別紙第二目録各該当欄記載のとおりである。

四  そこで控訴人は、被控訴人に対し八一二、六一一円(各年度における請求額の合計である)およびこの金員のうち別紙第一目録請求金額欄各記載の金員に対する各日時欄記載の日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものであるが、その根拠は以下に述べるとおりである。

(一)  特別都市計画法、土地区画整理法は、換地予定地、仮換地の指定を受けた者が、使用収益の障害となる物件が存する等のためこれを使用収益することができないときは、施行者に対し正当なる補償を請求しうると規定しているから、これに基いて正当なる補償と遅延損害金の支払を求める。

(二)  岡山市長は、特別都市計画法第一五条、土地区画整理法第七七条によつて換地予定地、仮換地上に物件を所有している者に対し右物件の移転を命じ、これを強制する権利を与えられている。この権限は、換地予定地に多くの場合建物があるので、これを円滑に順次移転または除却せしめて換地予定地の使用収益を完全ならしめ、ひいては都市計画の遂行を順調ならしめるために与えられているのであるから、事業施行上換地予定地の指定と地上建物の移転命令とは同時に行うべく義務づけられているのであつて、岡山市長がこの権能を行使するのは同時に事業施行上の義務であり、また換地予定地を指定された者に対する義務でもある。しかるに、岡山市長は故意または過失により義務の履行を怠り、換地予定地上の物件を移転、除却しないで放置し、十数年間控訴人の土地使用を不能ならしめている。

よつて、義務不履行に基く損害賠償と遅延損害金の支払を求める。

(三)  岡山市長は、前述のように物件の移転、除却を所有者に命じ、あるいは強制移転、除却をすべき義務があるのに、故意または過失によつてかかる処置をしないことによつて、違法に控訴人に損害を与えている。

よつて、国家賠償法第一条、民法第七〇九条、第七一五条に基いて損害賠償と遅延損害金の支払を求める。

五  被控訴人主張の事実のうち補償金と称する金員を受領したことは認めるが、これは正当なる補償ではない。この金額を定めるについて控訴人が被控訴人と協議したことはない。これは本件土地の国定資産税額とほぼ同じ位の金額であるから、とうてい控訴人の損害を填補するに足りないし、これを受領することによつて損害賠償請求権のうちこの金額を超える部分を放棄したわけではない。

被控訴人は、土地使用収益制限補償事務細則によつて補償金額を算出したというが、右細則は使用収益不能の状態が短時日で止んだ場合に適用されるもので、本件のように十数年の長い間、しかも時価四五〇万円以上に高騰した市街地の宅地の使用収益が妨げられた場合にまで適用するのは不当である。

第三  被控訴代理人は、答弁として次のとおり述べた。

一  控訴人主張の請求原因(第二)のうち、一の事実、控訴人が換地予定地の全部を使用収益しえない状態にあることおよび控訴人主張の国定資産税評価額は認めるが、その他の事実は否認する。

都市計画事業の施行者は、土地所有権の目的物を公権的に変更する観念的な手続をするもので、該土地の占有を取得するものではない。したがつて、施行者は換地予定地にある建物等を収去する義務を負わないから、その不履行による損害賠償義務もない。換地予定地の指定を受けた者は、換地予定地上に権原なく建物を所有して不法に占拠する者に対し、建物収去、土地明渡を求めうるのであるから、この権利を行使しないで被控訴人に本訴請求をするのは失当である。

二  岡山市長は、換地予定地指定通知書に、換地予定地上には一部使用上支障があるのでその一部は支障物件移転後使用せられたい旨付記して通知した(特別都市計画法第一三条、第一四条第三項、土地区画整理法第九八条第四項、第九九条第二項)。このように、換地予定地を指定する際、換地予定地を使用するについて支障があり(この旨通知している)、換地予定地を使用収益しえないとともに換地予定地指定により従前の土地も使用収益することができない場合(特別都市計画法第一四条第一項、土地区画整理法第九九条第一項)、そのことにより損失を受けたときは、通常生ずべき損失を補償しなければならない(特別都市計画法第一四条第五項、土地区画整理法第一〇一条第一項)。

被控訴人は、この損失補償について特別都市計画法施行当時は、補償審査会が同法第一七条第一項に基き制定した「土地使用収益制限補償事務細則」に従つて、補償金額をその土地の地代家賃統制令による地代の統制額に相当する金額と定めていたので、これによつて補償金額を定めて支払つていたが、土地区画整理法が施行された後は従前と同様の方法で定めた金額についてさらに控訴人と協議したうえ、その承諾をえてこれを補償金額と定めて支払い、昭和二八年一〇月から昭和四〇年三月分まで全部使用不能による損失の補償として半年毎に補償金を支払つている。各年度毎の交付額は、別紙第二目録受領金額欄記載のとおりである。

よつて本訴請求は失当である。

第四  証拠(省略)

理由

一  岡山市長が特別都市計画法に基き、岡山都市計画岡山地区復興土地区画整理事業の施行者として、昭和二六年六月五日控訴人に対し、その所有である岡山市上石井七四番の七宅地三二坪五合につき三〇坪九合二勺の換地予定地を指定し、かつ右土地の一部につき使用上支障があるのでその一部は支障物件移転後使用されたいと説示したことは当事者間に争がない。なお、土地区画整理法施行法第五条第一項により、土地区画整理法施行の日である昭和三〇年四月一日以後は、同法第三条第四項の規定により施行される土地区画整理事業となつた。

(一)  成立に争のない甲第一号証、乙第一号証から第一二号証まで、第一四号証から第二二号証まで、原審証人羽原正、同小野郁明、当審証人丸井康一、同高国三郎、同安田清の各証言、原審および当審における控訴本人の供述と弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1)  控訴人の従前の土地は、更地であつたが、岡山市長の換地予定地指定処分によつて使用を禁じられたばかりでなく、現実に他の者のために換地予定地に単純指定されて、その他人が使用している。

控訴人の換地予定地は、従前の土地の近くにあるが、そのうち約半分に相当する一五坪には訴外田中武夫、同西村勇各所有の建物があるために、控訴人としては事実上換地予定地の全部を使用しえない状態にある。

控訴人は、昭和二六年中には建物を全部撤去して空地にするとの被控訴人係員の説明を諒とし、空地になつたら自宅を建築しようと考えていた。ところがその後一四年余を経過して口頭弁論終結時である昭和四〇年一一月八日にいたるまで、控訴人が建物の撤去方をしばしば要請したにも拘らず、係員は立退かせるようにすると答えるのみで、建物の移転撤去は実現していない。

控訴人は、換地予定地に建築するのを断念し、昭和三四年頃他に土地(現住所)を購入して自宅を建築した。

(2)  控訴人が指定を受けた換地予定地は、訴外熊本安政所有の従前の土地であり、同人がその一部に建物を所有していたが、その余の部分を田中に賃貸していた。田中は、ここに建物を建築所有していたが、その土地の一部をさらに西村を転貸し、同人も右地上に建物を建築所有していた。熊本と田中の所有する各建物の敷地全部と西村所有の建物の敷地の僅かな部分が控訴人の換地予定地に当つていた。熊本は、右従前の土地につき他に換地予定地を指定されると、昭和三〇年に前記の建物をそこへ移築してしまつた。ところが熊本の換地予定地は元地に比べると三割減少となつていたため、熊本は建物移築によつて右従前の土地に対する換地予定地の全部を占拠してしまい、借地人である田中の建物を移転させる余地がなくなつてしまつた。西村の建物は、地形上田中の建物を移転しないと動かせない状況にある。

(3)  岡山市長は、施行地域をいくつかの工区に分けて事業を行つたが、本件の土地は第一工区にあり、この工区は全部について同時に換地予定地が指定された。したがつて、当時としては各換地予定地に障害物件があつても、同時にこれを移転しうる状況にあつた。

岡山市長は、田中と西村に再三建物の移転を求めたが、両名の移転先が熊本の建物によつて塞つてしまつてからは事は進まず、熊本の換地予定地とは別個の土地の購入をあつせんしたりもしたが、これは代金の点で折り合わなかつた。そこで岡山市長は、昭和三八年二月頃ついに田中に建物移転除却命令を発したが、同人が熊本と話し合いで解決するといい、猶予を求めたので、一旦は代執行による除却を決意したものの、結局実行しないで、田中が任意に建物を移転することを期待して現在に及んでいる。西村の建物については、仮換地の占拠部分が僅かであり、田中の建物が移転されれば自ら解決する関係にあるので、移転除却命令を発していない。

控訴人も、西村を相手取り岡山簡易裁判所に建物収去、土地明渡の訴を提起したが、敗訴の判決の言渡を受けた。田中に対しては訴を提起していない。

(4)  岡山市長は、換地予定地を指定した際、その地上に建物があつたのを考慮し、換地予定地指定通知書(甲第一号証)に、この通知を受けた日から従前の土地は使用することができなくなり、換地予定地を使用することができる、右換地予定地の一部につき使用上支障があるのでその一部は支障物件移転後使用せられたいと付記した。

控訴人は、この指定処分によつて従前の土地につき使用を禁じられたが、換地予定地のうち支障物件がない部分は使用しうるわけである。

しかし、岡山市長は換地予定地が実際は全部使用しえない状況にあることを認め、全部使用不能による損失を補償することとし、昭和二八年一〇月から昭和四〇年三月にいたるまでの間に生じた損失について、半年毎に補償金を支払つたが、その年度毎の合計額は別紙第二目録受領金額欄記載のとおりである。

岡山市長は、特別都市計画法施行当時は、補償審査会が同法第一七条第一項に基き制定した「土地使用収益制限補償事務細則」によつて、その補償金額を毎年三月三一日および九月三〇日現在におけるその土地の地代家賃統制令による地代の統制額に相当する金額と定めていたので、これによつて補償金額を定めて支払い、土地区画整理法施行後は従前と同様に前記事務細則によつて補償金額を一応定め、控訴人に対しその都度書面でこの金額を提示し、同封の請求書に記名押印して提出するよう求める手続をとつた。

控訴人は、この請求書に記名押印して提出している。

控訴人としては、右補償金は固定資産税額と大差がなく、これを受領しても殆ど大半を税として納入してしまうことになるので、換地予定地を使用しえないことによつて蒙つている損害を補償するにはとうてい足りないと考えていたが、差し当り土地は使用しえないのに固定資産税は納付しなければならないので、損害の一部を補填する趣旨で、被控訴人が提供するままに補償金を受領していたが、もとより前記の損害のうち補償金額を超える部分の請求を放棄する意思ではなかつた。

(二)  以上、認定の事実によれば、岡山市長は換地予定地上に田中、西村の障害物件(建物)があるのに、控訴人に対し単純な換地予定地指定処分をしたため、控訴人は換地予定地を妨害物件のため全部にわたつて使用しえない状態にあるにも拘らず、従前の土地の使用をも禁止せられたわけである。

本件の場合、特別都市計画法第一四条第三項(土地区画整理法第九九条第二項)によつて、換地予定地の使用開始日が別に定められたとは解しえない。けだし、使用開始日を別に定めた場合は、その反面原則として従前の土地について使用収益をしうると解されるが、甲第一号証によれば、岡山市長は換地予定地指定通知書で、明示的に従前の土地の使用を禁じ、かつ右通知書中の不動文字「右換地予定地は使用について支障があるから使用開始日は追つて通知する」を抹消しているからであり、丸井の証言によつても、被控訴人の係員は換地予定地中支障物件のない部分は控訴人が使用しうると考えていたことが認められるのである。安田の証言中右認定に副わない部分は採用しない。

被控訴人が控訴人に補償金を交付したのは、控訴人が従前の土地および換地予定地のいずれも使用しえないことに着目して、特別都市計画法第一四条第五項、第一七条、土地区画整理法第九九条第二項、第一〇一条第一項を類推適用したものと解される。すなわち、これらの法律によれば換地予定地、仮換地の指定に伴う損失を補償するのは次の二つの場合にかぎられ、本件の場合はそのいずれにも当らないからである。

従前の土地が他の土地の換地予定地として単純に(使用開始の日を別に定めることなく)指定されたため、これを使用・収益できなくなつた場合において、

イ  右従前の土地につき換地予定地が指定されなかつたとき

ロ  換地予定地の指定はされたが、その使用開始の日が別に定められたとき

二(一)  損失補償の請求について

控訴人の主張は、まず、換地予定地の指定等に伴う補償について定めている特別都市計画法第一四条第五項、第一七条、土地区画整理法第一〇一条第一項に基くものと解されるが、本件の場合にこれらの規定が類推適用されるとしても、前に認定したように、控訴人はこの補償金を受領しているのであるから、控訴人の補償請求権は消滅している。

控訴人は、右は正当な補償ではないと抗争し、すでに受領した金額では不足であるとしてこれと異る金額を請求するのであるが、前記補償金は法律の定める手続(補償審査会の決定、当事者間の協議)によつて金額を確定したものであるから、この金額が不当であるというだけの理由で、これと異る金額を補償として請求することは許されない。もつとも、昭和四〇年四月一日以後に生じた損失については、補償金を交付したとの証拠がないが、この金額を確定するについて土地区画整理法第一〇一条第一項、第四項、第七三条第二項第三項に定める手続を経たとの主張立証がないから、控訴人のこの分の請求も失当である。

(二)  債務不履行による損害賠償請求について

控訴人の主張は、被控訴人が控訴人に対し換地予定地上にある障害物件を除去すべき義務があることを前提とするものであるが(もつとも、被控訴人は事業施行者ではないから、かかる義務を負うというためにはさらに理由づけが必要であるが、この点は暫く措く)、事業施行者が換地予定地指定処分をした場合、従前の土地の所有者が事業施行者に対し換地予定地上の障害物の収去を求める私法上の請求権を有すると解すべき法律上の根拠はなく、また事業施行者は、後にふれるように障害物を除却すべき公法上の義務を負うと解されるけれども、公法上の義務である以上、この義務の履行を怠つたからといつて私人に対して債務不履行による損害賠償の責任を負うものではない。控訴人の主張は失当である。

(三)  国家賠償法に基く請求について

(被控訴人は、この主張は原審第一一回口頭弁論期日に初めて提出されたもので、従前の請求原因と異りかつ請求の基礎に変更があるから異議があるというが、訴状によると、従前の主張は被控訴人の故意または過失により換地予定地を使用収益しえないことによる損害賠償を求めるというのであつて、主要な事実関係は共通であるから、請求の基礎に変更はない。)

換地処分は、一挙に行わないと同一土地に重畳して所有権その他の権利者が存するという不合理を生み、収拾がつかなくなるおそれがあるので、地上の建物その他の物件をあらかじめ換地となるべき土地の上に順次移して行く必要があり、このために換地予定地の指定が行われる。換地予定地指定によつて、従前の土地を使用収益しえなくなる代りに、換地予定地を使用収益しうる効果が生ずる。したがつて通常の場合、換地予定地の指定は順次行うことが予測され、土地の所有者その他の使用収益権者が従前の土地または換地予定地のいずれの土地も使用収益することができない期間を生ずるということは、考えられないのが原則である。例外的に、建物等を移転する前にその敷地を換地予定地として指定するときは、使用開始日を別に定めて、従前の土地の所有者について、換地予定地の使用禁止、従前の土地の使用許容の効果を生じさせて現状を維持しつつ、その間に建物等の移転を行うのである。

本件の場合は、換地予定地に他人の建物があるのに、使用開始日を別に定めることなく単純な換地予定地指定をしてしまつたために、従前の土地は使用を禁ぜられ、換地予定地は使用を許されたものの現実には建物が存在するため使用しえないという、変則的な結果が生じてしまつたわけである。

しかし、前に認定したように、本件土地を含む第一工区全部について換地予定地指定が行われたので、その当時は換地予定地上にある障害物件(建物等)を一挙に移転することもできる状況にあつた(熊本が建物を移築したのはその後の昭和三〇年である)ので、これが行われるならば控訴人が格別の不利益を蒙ることもないから、前述の単純な換地予定地指定処分もそれ自体としては必ずしも違法とはいえない。

しかし、かかる状態が継続することは、控訴人にとつて不都合であることは明かである。

特別都市計画法第一五条第一項、土地区画整理法第七七条第一項、行政代執行法第二条によると、土地区画整理事業者は、区画整理のため必要があるときは、土地区画整理施行地区内に存する建物(特別都市計画法)または仮換地を指定したとき従前の宅地に存する建物(土地区画整理法)の移転(または除却)を命じ、建物所有者が任意に行わないときは建物所有者に代つてその執行をしうることになつており、本件の場合、田中および西村が換地予定地上(この土地についてはさらに換地予定地が指定されている)に建物を所有し、これを他に移転しないため控訴人の使用収益を妨げているのであるから、土地区画整理に直接支障を来しているとはいえないにしても、間接に同事業の妨げとなつているわけである。施行者はこのような場合、建物の所有者に対し移転(除却)命令を発することができると解すべきである。

そして、障害物件(建物)の移転除却をすべき必要があるかどうかの判断は、施行者の自由な裁量に委ねられているのではなく、いわゆる覊束裁量であると解される。

したがつて、岡山市長は、これまでに認定した事実関係の下では、なるべく速に換地予定地上にある田中、西村の各建物について移転または除却の代執行をして控訴人の使用収益に差し支えのないようにする職務上の義務を負つているものというべく、右の代執行をする場合、少くとも三カ月を要すること(特別都市計画法第一五条、土地区画整理法第七七条)、被控訴人の係員が昭和二六年中に右の建物を撤去すると説明し、控訴人もこれを諒としたこと、被控訴人の係員が関係者らに協議による解決方を交渉したこと等、前認定の諸事情を考えると、おそくとも昭和二六年中に前記建物を移転、除却すべき義務があつたものというべきである。

岡山市長が、昭和二六年を過ぎても換地予定地上の建物の移転除却の代執行をせず、しかも田中に対しては移転除却命令を発しながらその履行を強制しなかつたのは、不作為によつて職務上の義務に違反したものであり、かつ右不作為が法令に違反することを認識しなかつた過失があるものというべきである。岡山市長は、国の機関として事業を執行する者であるが、被控訴人は、その執行に要する費用の負担者であるから、国家賠償法第一条、第三条により、岡山市長の違法な不作為によつて控訴人が蒙つた損害を賠償する義務がある。

被控訴人は、控訴人は補償金を受領しているから本訴請求は失当であると主張するが、補償金の交付が前掲法条の類推適用によつて適法であると解されるにしても、それは、そもそも施行者の適法行為によつて生じた損失を補償するものであり、岡山市長がこれによつて移転除却の代執行をすべき義務を免れるものとは考えられないし、控訴人は補償金を受領しているが、前認定の事実関係の下では、岡山市長の前記不作為を宥恕し、あるいは本訴請求にかかる損害賠償請求権のうち補償金の額を超える部分を放棄したとは解しえない。

被控訴人は、控訴人は換地予定地上に建物を所有し右土地を不法に占拠する者に対し建物収去土地明渡を求むべく、かかる措置をとることなく被控訴人に対し本訴請求をするのは失当であると主張する。たしかに、控訴人は換地予定地に対する使用収益権に基き右地上に建物を所有してこれを占拠する田中、西村に対し建物収去、土地明渡を求めることができるけれども、かかる救済手段があるからといつて、岡山市長が前述の責任を免れるものではなく、またこの点に関し、控訴人に損害の発生、拡大を防止しなかつたことにつき過失があるとして、損害賠償の額を定めるに当つて斟酌するのも相当でない。

三  控訴人は、換地予定地の使用収益による得べかりし利益を失つたものであり、昭和二七年一月一日からの分については被控訴人にその損害の賠償を請求しうる。

この損害額について審究する。

換地予定地の各年度における固定資産税評価額が別紙第二目録該当欄記載のとおりであることは当事者間に争がなく、控訴本人の供述と弁論の全趣旨によれば、控訴人は昭和三四年七月二三日本件の従前の土地を担保に差し入れて訴外兵庫相互銀行と同岡山市民信用金庫から一、〇〇〇、〇〇〇円を日歩三銭の利息で借り受けたこと、昭和四〇年六月当時の近隣の地価が坪一五万円以上であること、本件土地は国鉄岡山駅に近い市街地であることが認められる。これらの事実によれば、本件土地は昭和三四年当時その価額が、一、〇〇〇。〇〇〇円(坪当り約三三、〇〇〇円)を下らなかかつたと認むべく、これは当時の固定資産税評価額の四倍に相当する。本件土地の時価は、特段の事情が認められない以上、固定資産税評価額が上昇したのに比例して上昇したものと考えられるから、各年度の固定資産税の評価額の四倍に当る金額が各年度における時価である(坪当り昭和二六年当時約二〇、〇〇〇円、昭和四〇年当時約四七、〇〇〇円となる)と認めるのが相当である。そして土地の使用収益による得べかりし利益は、他に格段の証拠がない以上、一年につき土地の時価に対する民事法定利率である五分の割合による金額と認めるのが相当であり、控訴人はこれと同額の損害を蒙つたわけであるが、控訴人が各年度分として受領した補償金の額を控除すべきである。

このようにして算出した時価、得べかりし利益、受領した補償金、損害額(得べかりし利益から受領した補償金を控除したもの、なお昭和四〇年の損害は一一月八日までに生じた分である)は、別紙第三目録各該当欄記載のとおりである。

右の得べかりし利益は、被控訴人が補償審査会の定めるところにより、あるいは被控訴人と協議して定めた補償金額と相違するが、そもそも適法行為に基く損失の補償と不法行為による損害の賠償とはその目的が異るばかりでなく、補償金額は地代家賃統制令による統制額と等しいように定められているが、使用収益による得べかりし利益が統制額を超えないものとはかぎらないし、控訴人と協議して定めたといつても、損害賠償としての合意が成立したのではないことは前述のとおりである。

四  よつて、控訴人の本訴請求は、被控訴人に対し国家賠償法に基き損害額の合計六〇一、三四五円およびそのうち各年ごとに生じた損害に対するその翌年の四月一日から各支払ずみにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべく、原判決をこの限度において変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九一条を適用して、主文のとおり判決する。

別紙

第一目録

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第二目録

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第三目録

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〈省略〉

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